五月 新橋演舞場 夜の部 その2

 三つ目の演目はいよいよ亀治郎八百屋お七。最初に亀治郎がお
七をやると聞いた時から数カ月、楽しみに楽しみにこの日を待って
いました。期待が高まりすぎるとえてして「それほどでもなかった
なー。」なんて思ってしまうものですが、亀治郎は大丈夫。期待値
MAXで観てもそれを上回る感激をいつも与えてくれるのです。

 序盤のお七はなんとも愛らしい。その愛らしさにふと猿之助の狐
忠信を思い出しました。やっぱり甥っ子ですから似ています。この
おぼこくて愛らしいお七ちゃんが、後半どのように変化してゆくの
かが亀様の腕の見せ所なのです。

 中盤は思いのほかコミカル。この演目、盛り沢山ですね。もっと
全編女の情念、みたいな切り口なのかと思っていました。序盤でお
七の愛らしさに微笑ましい気分になり、中盤ちょっと笑って、終盤、
お七の気持ちに移入し、お七役の俳優さんの芝居に唸る。緩急のバ
ランスが良いです。

 終盤の火の見櫓のシーンは人形振りでした。人形振りというのは
役者が人形になって演じる非常に面白い歌舞伎の演出です。後ろに
は黒子の人形遣いがついて役者を操る芝居をします。「人形が表現
するお七の感情」を亀様が素晴らしい踊りで演じました。この素晴
らしさを巧く伝えられなくてもどかしいのですが、人形振りが単な
るオマケ的な演出に終わっていない。人形振りは他の演目で他の役
者さんのものも観ていますが、亀様が一番素晴らしかったです。人
間の役として演じるよりも亀様の人形振りは凄みがありました。ま
さに鬼気迫る、という言葉がピッタリ。わざわざ人間お七としてで
はなくお七人形として演じることの必然性を感じることが出来まし
た。

 歌舞伎を見始めて7年経ちました。ベテラン、若手、様々な舞台
を観てきましたが、今回の亀治郎八百屋お七、間違いなく五本の
指に入る素晴らしい出来でした。私は今後何十年でも、ババアに
なっても絶対亀様について行きます。ライフワークとしておいかけ
続けます。亀様ブラボー。亀様と同じ時代に生きられることが幸せ
です。