虚無への供物 中井英夫

 不思議な作品です。読んでいる間は「長いなー、終わらないなー
(はやく浦賀読みたいのに)」と思っていましたが、いざ読み終
わってみるとあの物語世界から外へ出てしまった一抹の寂しさがあ
りました。嫌いだった筈の久生に会いたくなって、すぐにまたパラ
パラと拾い読みしてしまった...。

 講談社文庫41刷の裏表紙によれば戦後の推理小説ベスト3だそう
で、有名だし、これに影響を受けて書かれた作品なども読んでいた
のでだいたいこういうオチだというのは知っていました。確かにこ
の作品が当時、そしてその後のミステリ界に果たした役割、意義は
わかります。が、私は密室トリックやその意義ある試みよりも作品
全体に流れる時代の空気、戦後の様々な意味で過渡期な時代のデカ
ダンで斜陽な彼らの風俗こそがワンダランドで面白かったです。

 京極堂も近い時代を舞台にしていますが、空気感が現代なんです。
テレビドラマで現代の人があの時代を演じているのを観ているよう
な。その点この作品は本当に古くさくて、昭和30年代の臭いがしま
した。ミステリというよりは時代小説として楽しんでしまいした。

 通して読み返しはしないんじゃないかと思いますがまたあの世界
が懐かしくなって部分的に読んだりしてしまいそうです。

 星4個。