花闇 皆川博子

 二年程前本棚を大々的に整理したら奥の方から出て来た本書。歌舞伎を観始め
た頃に書店で歌舞伎をモチーフにした小説を見つけると買っていた時期がありま
した。本書もその頃買ったのですが、序盤なかなか物語に入って行けなくて挫折
し本棚で眠らせていたのです。久々に見つけた時は皆川ファンになっていたので
「わー!うちにも皆川本があった!これを買った当時の私を褒めてあげたい!」
と心弾んだのですが、とっつきづらい雪のシーンに苦戦し、更に二年程寝かせる
ことに。昨年beckさんがお読みになり、50ページ位頑張れば面白くなる、との助
言を頂き何度目かの正直で漸く読了と相成りました。

 壮絶な人生を描くことに関して右に出る者はいないと思う皆川さんが壊死した
四肢を切断しながらも舞台に立ちつづけた悲劇の名優三世澤村田之助を描く、っ
てこれ間違いないんです。面白くない筈がない。『妖かし蔵殺人事件』で歌舞伎
に造詣が深い事もわかっております。それなのに何故こんなに何度も挫折したの
かというと...。

 中盤までが淡々としてるんです。しょっぱなからあれやこれや事件が起こった
『冬の旅人』とは違って、役者の誰と誰が仲が悪いとか何座と何座がどうこう、
資金繰り云々、ということが淡々と語られます。だからこそ頑張ってその前半を
抜けると後半じわりじわりと物語の中で立ち上がって来る田之助の身に起こる悲
劇の漆黒が際立って来るのですが、なかなかそこまでたどり着けなかった。

 水銀事件の真相にもはっとさせられたし、田之助の「田之助は不要になりまし
たか」の台詞は今読み返しても涙が出て来る。皆川さんの凄さを再確認する一冊
でした。80年代の作なので今の皆川さんが書いたら更に濃密で妖艶で腐臭のする
嘆美な仕上がりになったかも、と思うけれどそうなったら濃すぎて一冊で数ヶ月
おなか一杯になってしまいそうなのでこのくらいで良かったのかな。

 星5個。