あこがれの弁当

 私の弁当作りのバイブルともいうべきあこがれている弁当が三つあります。本
日はそれをご紹介したいと思います。



 一つ目は森鴎外の妻志けが歌舞伎に行く際娘の茉莉に作らせたという観劇弁当。
 志けと芝居に行く朝は、茉莉は早くから台所へ入って作った。海老の煮たもの、
うどの甘煮、焼き豆腐の煮奴、ほうれん草のお浸し等を作り、光沢消しの半月形
の弁当箱に詰めた。』(森茉莉 贅沢貧乏暮らし 神野薫著)



 二つ目は沢村貞子が撮影現場へ持参したという弁当。
 一番上には好物のお新香ーほどよくつかった白いこかぶと緑の胡瓜。傍には黄
色も鮮やかな菜の花づけ。銀紙で仕切った半分には蜂蜜をかけた真赤な苺の可愛
い粒。中の段には味噌づけの鰆の焼物。その隣の筍と蕗、かまぼこはうす味煮。
とりのじぶ煮はちょっと甘辛い味がつけてある。上に散らした小さい木の芽は、
朝、庭から摘んだばかり......プーンといい匂いがしている。隅にはきんぴらの
常備菜。下の段の青豆ごはんがまだなんとなくぬくもりがあるような気がするー
これが塗りものの功徳というわけ。(どう?ちょっとしたものでしょう、このお
弁当は......)』(わたしの台所)



 三つ目は宇野千代那須の仕事場や故郷岩国へ帰る際に作った弁当。
 弁当は、今でも、折をみつけては作って愉しみにしているのです。おかずを特
別に作らなくても、ありあわせのおかずを弁当箱につめるだけでも、弁当という
のは、ちょっと気分が変わるのですね。(中略)弁当箱は蓋に私のデザインした
さくら模様のある二段重ねの重箱。食べ易い大きさにおにぎりを二つ入れ、おか
ずは昔と同じく、七、八種類はあるでしょうか。ありあわせの好物に、卵焼き、
菜の花のおひたしなどをいっぱいに詰め込み、デザートの果物も忘れずに持って
出掛けたのでした。(私の長生き料理)

 どうですか?美味しそうですね~。塗り物の功徳なんて言われるとプラスチッ
クじゃなくて木の弁当箱が欲しくなっちゃいますよ。レンチン出来ないのがなん
ぼのもんじゃい!弁当箱は木じゃああ!って。

 宇野千代弁当は引用文には細かいメニューが書かれていませんが、その後に写
真とレシピがついています。牛のしぐれ煮、さつま芋の甘煮、鮭等が入っていま
す。この三冊はどれも大のお気に入りで大抵の本は一度しか読まない私が何十回
も繰り返し読んでいます。

 さて皆様、三つの弁当の共通点がお分かりになりましたでしょうか。

 それは自分のために作った弁当であること。そして食べる事はもちろん作る事
自体も楽しんでいること。どうやらこれが私の弁当萌えポイントの様です。

 世に多くの弁当本、弁当ブログがありますが、多くはおかあさんが夫や子供、
家族のために作る弁当。同じ弁当でも微妙に方向性が違うのです。独身自作弁当
持ちの私が憧れ、目指すのは料理好きな人が自分のために力まずさらりと作って
いる、ふふふ、今日の弁当は旨いんだぜ、と仕事中にほくそ笑みたくなっちゃう
様な弁当なのでした。